「控訴断念の方向」、明日には確定に変わるとイイナ!→翌日確定!
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医K医師(40)を無罪とした福島地裁判決に対し、検察当局が控訴を断念する方向で検討に入ったことが28日、分かった。
同事件は通常の医療行為で医師が逮捕、起訴されたことに医療界が反発、全国的な産科医不足に拍車を掛けたとされ、検察の対応が注目されている。
20日の福島地裁判決で鈴木信行裁判長は、子宮に癒着した胎盤をはがす「はく離」をK医師が続けた判断の是非について「標準的な措置だった」と過失を否定した。
検察側は公判で「直ちに子宮を摘出すべきだった」と主張したが、判決は「根拠となる臨床症例を何ら示していない」と立証不備を指摘。大量出血の予見可能性など検察側の構図を一部は認定したものの、禁固1年、罰金10万円の求刑に対し無罪を言い渡した。
2008/08/28 12:02 【共同通信】
小出しにしなくていい。
控訴断念なら「断念しました」とすっきり♪断言してほしい。
「そんなの変!」
「断固控訴してください!」という
どこかの新聞社風に言うと、さいれんとまじょりてぃーから
声が上がるのを誘うような報道だな。
控訴断念かも……というニュースは、K医師の無罪を確信している身としては
もちろんうれしくないわけではないのだけれど、
扇情的な報道に右往左往させられるのに疲れました。
早く、控訴を断念しました、と断定している報道に触れたい。
=追記=
翌日の8月29日に、検察側が控訴断念と断定する報道がありました。
(非公開コメントで教えてくださった、共同通信の記事は →こちら)
二週間待たずに決着が出てよかった、という気持ちと、
相変わらずの報道姿勢に、突っ込む元気も薄れた気持ちと、
それに煽られた人達の、悪気はないが、無知な残酷な記事に疲れ、
無罪判決で、医療大破壊を今はくい止められたかも知れないけれど、
事故調(現:安全調)を、現状の欠点だらけの案のまま、
安易に推し進めることにならないだろうかという危惧と、
色々です。
でも、無罪でよかった、というか
コメントくださった方が書いてくださったように、
「当たり前」で、
それが当たり前でない状態なら、医師がいなくなることも当然だと
思っていましたし、今も思っています。
「新たな立証難しい」大野病院事件 控訴断念で検察側
大熊町の県立大野病院で2004年12月、帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した医療事故を巡る裁判は、福島地検が29日、控訴断念を表明したことで、無罪判決が確定することになった。業務上過失致死罪などに問われたK医師(40)=休職中=について、県病院局では「判決が確定した時点で復職になる。復職後のことについてはK医師の考えを聞いて検討する」としている。
子宮に癒着した胎盤をはがし続けた処置の妥当性が問われた裁判で、「子宮摘出に移るべきだった」と主張した検察側に対し、20日の判決は立証不足を指摘していた。
福島地検の村上満男次席検事はこの日、「(刑罰を科す基準となり得る)医学的準則には様々な考え方があり、裁判所が要求する程度も考え方としてはあり得る。あり得る以上は覆せない」と立証が及ばないことを認め、「証拠に基づいて過失があると判断したが、裁判所と過失、注意義務のとらえ方に違いがあった」と述べた。また、控訴審は原則として1審の証拠に基づいて審理されるため、新たな立証が難しいと説明した。
ただ、任意捜査でなく、逮捕したことについては「逮捕の要件を慎重に判断して行ったもので、正当だったと思う」とし、起訴したことも「証拠に基づいたもので誤っていない」とした。
今後については「より慎重、適正に捜査をしたい」と語った。
また、県警刑事総務課の佐々木賢課長も、「県警としては、法と証拠に基づいて必要な捜査を行ったものと考えている。今後も本判決をふまえ、慎重かつ適切に行って参りたい」と話した。
これに対し、K医師の弁護団は「当然の結論」とするコメントを出し、日本産科婦人科学会も「医療現場の混乱を収束する上で医療界全体にとっても妥当な判断」という声明を出した。
一方、女性の父、W辺好男さん(58)は読売新聞の取材に対し、「(事故について)まだ疑問に思うことがあり、生涯真実を求めていきたい」と胸の内を語った。判決当日に県に提出した、医療事故の再発防止を求める8項目の要望書にも触れ、「要望書は今の自分にとって希望。患者の視点で変えていける環境を提案しており、順番に変えていってほしい」と話した。
(2008年8月30日 読売新聞)
周産期医療の崩壊をくい止める会
同HPで募集されていた、控訴取りやめ要望署名は、
控訴断念の方向の報道があった28日の時点で6873名分、
内訳は医療従事者5302名(うち医師3875名、看護師331名)、
非医療従事者1571名だったようです。
私も6873名の一員。一緒の気持ちの人が、6872名おられたことが嬉しいです。
見えない皆様に、仲間に入れてくださってありがとうの気持ち。
一緒に応援できて嬉しい気持ち。
こんな辺境ブログで、署名運動を知ってくださって、
署名してくださった方がおられたのなら、とんでもなく嬉しい気持ち。
全部あわせての、ありがとうございます。
ご遺族の方が知りたい、と思われたことは、
裁判の中でちらりと見えたかも知れないけれど、
報道記事からうかがえる「知りたい」ものは、
民事でも刑事でも分からないことだと思うのです。
奈良の民事訴訟でもそうですが、
ご遺族の悲しみを時と共に癒して行く方向ではなく、
悲しみを駆り立てて、組織の目的のために利用する方向にしか
私には思えない団体のアクセスが、問題をややこしくしてしまっているように
思います。
お亡くなりになった方が、生前、医療関係者とどのような会話をしたか、
思い出話に近いものを聞くことは、訴訟が無関係の状態では、
自らの経験からは、時間の問題もありますけれど、
ある程度は可能だと思います。
亡くなった祖母の病院での様子を、
超忙しい病院の看護師さんから、私は伺うことが出来ましたし、
日参していた伯父伯母が、後日病院にお礼に行った際に、
担当の先生からお話があったと聞きました。
医療を受ける側が心を開き、
亡くなったものへ医療関係者が施した医療技術、
そして気持ちに感謝という評価を持っていれば、
より深い話も聞けるのではないかと自分の乏しい経験からは思います。
「訴訟」というものに束縛されない柔軟な心、
こちらに向けられているのは純粋な好意と感謝であるという
ぬくもりの中で話されているうちに、
そういえばこんなこともありましたよ、と浮かんでくるエピソードもあるでしょう。
こちらが相手を敬う姿勢があると伝われば、
医療関係者も、その話をふっと唇に乗せてくれる。
その中には、ちょっとしたミスも含まれていることだってあります。
そうだったんですか、おばあちゃんたら、と涙することもありました。
当たり前の無罪で、良かったと思います。
が、今後のことを思うと、まだ晴れない気持ちは残ります。
感情をコントロールしようとする集団がいることを、
そしてその成果を、自分の肌で感じてしまったからです。
自分の感情は、自分だけのものです。
誰かに強制されるものでも、利用されるものでもありません。


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