お決まりの日々?

モモの節句でございます。

『エマさん III』(新訳Z III)

Z本編は、BGMがみな暗い、バラエティに富んでいないと、
放送当時製作サイドからも評されていたように、
明るいラストを視聴者に予感させる作り方をしていなかった。
不安をかきたてるようなBGM、悲劇を予見させるBGMの流れる本編で、
傷つきやすいカミーユが「戦士」として生きていくことができる確率は殆ど残されておらず、
なにか大きな、画期的な出来事でも起こらない限り無傷で生還は無理だろうと、
子どもでも分かっていた。
それでもZZがなければ、これまでの廃人状態にはされなかっただろうし、
もう少し悲惨でない、どこかに救いのあるラストに(子供向け番組として)
ルートを変更して着地させるはできたんじゃないかと、
続編構想が発表されて、現作キャラクターの大掃除が始まったときに、
苦々しく思った。

「誰だって繊細な子をいつまでも軍艦に乗せておきたくはないさ」
シャアのミネバに対してのセリフだが
(新訳のミネバ役さんは本編と違うが、より子どもっぽくなっていて、
 本編の物分りの良い抑圧された子どもという可哀想さがなくて見ていて楽)、
カミーユもこの言葉をもらって充分なほどに繊細で敏感で。
ZZに続かない結末になる、容量オーバーで破裂しないカミーユと聞く
新訳IIIを見ることは
好きになった人たちを捨てることはできなかったからか、
本編を無理やりでも愛してしまった20数年を、
本編を「失敗作」と言い放った総監督にまたも踏みつけにされるようで、
評判を聞いていても、ないと思っていた。
でも新訳IIで、エマさん、ぱああ~~♪と気が楽になって、
ヘンケンと仲良くなっているけど、IIIではどうなるのかしら、と
彼女達の可愛い恋物語も気になって、IIIも見ようと思えた。
(人は感情で動くものです)

エマさんがヘンケン艦長をファーストネームで呼び捨てにしている、
しかも人前でという新規部分に衝撃を受ける。
身長・体格差もあり、エマさんが猛獣使いのようです。
ヘンケン役さんの声が太くなっているので、ますますそれっぽい。
エマさんは新規作画部ではさりげなくヘンケンの隣を陣取っていて、
彼の行動を細かくチェックしているのがフィアンセのようで照れる。
(他の人たちは気を使って、ヘンケンの隣、エマの隣を空けているのだと思ってしまう)
カミーユまでヘンケンの浮かれっぷりを、
あーあ、尻に引かれちゃって~、でも幸せそうですねとこそばゆい思いで
見ているようなカットまであって、ええいこの幸せ者めっ!

レコアさんにも可愛さがプラスされ、また揺れる気持ちや、
満たされなかった悲しみに苦しむ心情を新規で入れてもらって、
好感が持てるようになった。男性に癒されることを求めるのではなく、
エマさんともっと語り合うことができたら、それは年頃の娘のたわいのない話ではなく、
パイロットとしての戦略を語り合うときにもにじみ出てくる
互いの考え方の相違についてを通じてででも、
そういうのもあり、と納得はできなくても認めることができれば良かったのにと思う。
IIIのエマさんは、本編のエマさんよりも潔癖度が薄れていて、
ヘンケンの好意も受け入れ、己からちょっかいを掛けているぐらいにやわらかいし、
驚くほど女っぽく描かれているので(「だめな私」と可愛い声で己のドジを肯定する
 彼女は想像もしなかった。これは大きなものに受け入れられているという
 自信と安定がもたらした変化か)、ファに言ったような「女っぽい」レコアを
本編より受け入れることができただろうに。

ノーマルスーツの胸元をはだけたままで、ヘンケンに寄り、
そのまま身体を添わせるようにモニターを覗き込むエマさんという絵にも
びっくりさせられた。恋人同士、というより、夫婦のようです。
二人の迎える未来は変わらないだろうから、
短くても幸せな時間が持てたことは良かった。
本編放送時、結局は見られぬままになった描写は、一冊だけ持っている同人誌で埋めました。
レコアさんがヘンケン艦長から言付かったプレゼントは真珠の指輪で、
それを「義理堅く」エマが嵌めているのを、久しぶりに会ったカミーユが指摘して、
エマはカミーユがファを気遣っていることに気づいて、お互いいいほうに変わったね
と互いの変化を嬉しく思うほのぼの漫画。

新訳では二人が余りにも出来上がっていたので、
ヘンケンが、エマを救うために突っ込むのもアタリマエっぽくて
驚きが少なかったし、彼を失った後のエマさんの茫然自失は、
自分に向けられた異常なまでの祈りといっていい思念に、
ニュータイプである彼女がどれだけ強く衝撃を受けたかと理解できたが、
その後の生気乏しい様子に彼のいない世界なんて生きている
意味がないわというような色を感じる。
カツとサラの新規作画部で強調された、
死んだからまた会えるんだね、嬉しいという部分もあったから、
余計にそう見えるのかも。
レコアさんとの一騎打ちでの勝利も、互角ではなく、
全身全霊を掛けて愛された女の勝利という演出に思えた。
レコアとの女性として、人間としての意地を掛けての闘いも、
レコアの主張、「男は闘いばかりで女を道具にしか使えない」に対して、
エマが、レコアに肉体(精神含む)にダメージを与えられずに勝利した後、
「男ってそうだけど」を哀れみを含ませて言わせるために、このような形にしたように思えた
(エマが受け入れるためか、レコアの「辱めるだけ」という絶叫もカットされたし)。
しかしこの後、カミーユを覚醒させ、命を受け渡すエマの絵が必要なので、
コックピットから出たところをヤザンの流れ弾に当たって瀕死の重傷、
と絵を作ったように見えて、個人的には納得いかん。

女を自分の下に思い道具にしたのがシロッコで、
甘えたいという欲求からとはいえ、
それぞれの女性を無二のものとして崇め大事にしたのがカミーユで、
二人がぶつかったとき、
死んだ女性達に支えられたカミーユが、女性達に愛想付かされたシロッコに勝って、
その後も生きている、一番身近な女性である幼馴染のファに、
「大丈夫なのね?」と助けられて、
と積み重ねるのは形式としてはいいのかもしれないけれど、
主役補正が効きすぎているようで、
主役補正を背中に宝塚歌劇トップスターの飾り羽を重ねつけたかのような
超ヘビー級で背負っている、キラ・ヤマトを思い出してすっきりしない。
二人のいちゃいちゃを実況風景しているアーガマ通信の人たちは
やってられねーぜな思いで、そしてこんな子どもを頼りにしなければならない
自分達の存在の軽さに、うんざりしただろうと思う。
ララアの幻影に縛られておろかな夢を見続け、
刃を交わすことで自己の存在を確認している先輩方と違い、
「幻覚でもなく意識だけでもない、抱ける」女を嬉しいと思えた、
新訳の健全なカミーユは、ファといちゃいちゃ仲良くすればいいと思う。
アーガマなんぞ降りてしまえ。

冒頭に書いた、悲劇に突き進む事態を引き戻した画期的な出来事が、
ファの肉体の実感を伴うやわらかさ、あたたかさだったというのが、
精神>肉体、とは思わないが、
「ニュータイプ」と精神の優越性を全面に出している番組だけに、
製作側のしてやったり感まで勝手に受信して、疲れてしまった。
「ニュータイプ能力が最大なのがカミーユ」と富野監督が評したと
どこかで読んだ覚えがあるが、感知能力が最大だからか、
その対極にある肉体の良さにも、より高い視点から気づけたのだろうか。
シャアさんもアムロさんも早く目覚めてください。
ララアに魂を引かれたまま、別の女のやさしさに甘え、
一作ごとに変わる彼女達を己を支える道具にして、
『逆シャア』までやっているなんてバカですねえ。
(バカだからいい、という意見も分かる)

女性を「道具」として使っている意識がなくても、
結果的に「道具」として上手につかっちゃったのがカミーユ。
義実家にしたDQ返しスレの善意満々嫁さんにも思ったが、天然最強?
ニュータイプ能力を共振と恋愛エネルギーで拡大させる「道具」として働いたのがフォウで、
他者の思念派を利用して戦う方法を教え、勝利に導く「道具」として作用したのがエマで、
強大なエネルギーに振り回されそうな彼を、肉欲で刺激して
健全な状態に引き戻す「道具」として用意されていたのがファ。
本編では、急速に発展、大きくなっていく能力にカミーユ自身も振り回される描写が
貫かれたと思っていた。
カミーユの精神というバケツ(入れ物)に、魂という水が入れられた状態のものを、
腕に持って回転運動を始めた。
中に入っている水の量は、精神感応によってどんどん増え、加速がかかって速度も増す。
振り回しているうちに腕に限界がきて、すっぽ抜けたバケツは飛ばされ、
中の水は空間にばら撒かれる、
そのように、肉体という重力から断ち切られた魂が宇宙に散った感じを受けたが、
新訳からは上のように、それぞれの道具により鍛えられ、導かれた精神を、
肉体が精神を引く力に肉欲エネルギーで補強して、精神を肉体に帰着させたように思えた。
ラストの絵は直喩的で引いた。本編での他の抱擁シーンで見られた構図のように
ファの脚を閉じさせて欲しかったが、
カミーユの身体を脚ではさみ込む絵で御大は、
それまでとは桁違いの肉体への欲求と執着を示し、
新訳の帰着点に説得力を持たせたかったんだろうなあ。
(御大の示す1パターンしかない男女関係の描写は苦手です)


「同じものを見てるんだ」
カミーユとがハマーンが精神感応して、互いの思念派がロープのように伸びて
交じり合った絵が、『ケータイ捜査官7』の並列分散リンクのようだった。
どこかで見た絵だと『ケータイ』で思ったが、Z本編だったのか。

本編ではしゃべってくれなかったセイラさんが声付きで出てくれたのは嬉しかった。


本放送のとき、弟とガンプラ作りながらハマり、
週に一度の放送、30分に全力を掛けて入れ込んだので、
『ZZ』一話はショックで、それ以後私はアニメという表現媒体から、自然と距離を置いた。
アニメを再び見るようになったのは、某Oさんファンになったから、
ガンダムを見たのは、某Oさんがトレーズとして参加された『W』、
虎さんの『SEED』とその続編しか見ていない。
(逆シャアも見ていなかった)
そんなかたくなな心情も、新訳を見られたことで吹っ切れたような気がする。

放送してくれてありがとう、NHK-BS2。

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たまり(ょ)

Author:たまり(ょ)
『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
スポットライト(好きな人しか目に入らない視野狭窄)状態で、片寄ってます。

何となくの傾向インデックス
・「某Oさん」や「花柄の君さま」などと表記させていただいている声優さんのファンなので御出演作♪
『おねがいマイメロディ』シリーズ(終了)
・『電王』以降のスーパーヒーロータイム
宝塚歌劇感想
・他ドラマなど
・医療破壊に関しては涅槃の境地にいけたらイイナ♪
リンク先=『麻生太郎オフィシャルサイト』さんスキー♪

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