お決まりの日々?

モモの節句でございます。

宙『TRAFALGAR』/『ファンキー・サンシャイン』

本日11時、セディナ貸切公演(宝塚大劇場)を観てきました。


グラン・ステージ『TRAFALGAR』 

 サイトーヨシマサ(すでにブランド、ゆえに敬意をこめて呼び捨て)の言語能力は、宝塚歌劇の某作家先生と同じぐらいだと思う。

 ナポレオンたちに、フランス語(言語)で、国家を歌わせているのに、VICTORYと敵対する国の言語で、勝利を歌わせるセンスが私にはわからない。「勝利」にしておけばいいのに。

 「あんな気丈な奥さんがいる家には、帰りたくない」、と言う台詞があったが、気丈は、「(不意の大きな危機などに際しても)理性を失わず、気持ちがしっかりしている様子」と辞書にある。つまり、夫の帰りが遅かろうが、どーんと構えている奥さんに似合う形容詞であって、夫の帰りが遅いことに、ギャンギャン騒ぎ立てる妻にふさわしい形容ではない。

 サイトーヨシマサは、こういうしょーもない、つっこみどころをちりばめるほどに、脇の甘い作家であるが、それでも私は、彼の作品が好きだ。
 彼の行動原理は「愛」だ。自分が素敵だと思うものを、自分の夢を、隠さずに語る。そこには愛しかない。お前ら、こういうの好きだろ、という上から目線の押し付けもない。彼は自分の好きなことを、必死に語っているだけだ。だから、自分の好みと多少違うところがあっても、あんたも好きねえ、と苦笑いして過ごすことが出来る。これは彼の才能であると私は思う。
 だから、しょーもない突っ込みどころを失くすために、助手をつけてやって欲しい。勿体無いよ。

 今回彼が、「僕はこれが見たいんだ!」と思ったであろうことを、劇場からのみの感じで。

1)フォトジェニック・ジェンヌ、大空裕飛で、コスプレ! 軍服軍服!! 絶対西洋の奴っ!
 闘牛士の次は軍服なんですね。分かりやすい趣味だなあ。
 (霧矢さんには日本陸軍で、大空さんにはイギリス海軍、という趣味も分かりやすい。
 本当にサイトーヨシマサはオタクだなあ)

2)ファム・ファタール
 彼の描く女像は、限られている。傷ついた男を母性で包み込む女、かわいいかわいい女の子(ロリータ系)、ロリ顔でナイスバディ(萌系)、そして、ファム・ファタール。
 「血と砂」のドンニャを思い出していた。あの話は、ファンとガラベートオの兄弟だけでは成立しない。そこに、ドンニャが怖ろしいまでの存在感を打ち出して登場し、彼らの人生を翻弄し滅亡へ向かわせる。運命の、魔性の女。

 前回(「血と砂」)は、大空さんに復讐にたぎる情熱の男にしたから、今度は内に内にたぎる情熱の男を演じてもらおうかな~とも思っていたかもしれない。

 サイトーヨシマサの分かりやすさは好きです。

 しかししかし、またも、ののすみさんなんです。
 きっとののすみさんが、サイトーヨシマサ氏の「僕のファム・ファタール。こんな女に振り回されて人生を狂わされてみたいなあ~」という破滅願望(ドリーミング)を、あまりにも見事にかなえてしまったから、作家の方がもっともっとと欲を出したのかもしれない。
 それから。本心を内に秘めた役を成立させるには、周囲に彼の気持ちの代弁者が必要で、その人に力量がいるという部分を、軽視したのかと思わせる配役で、「エル・アルコン」のようには上手くいかなかったのだと思います。


 さて、私の世界史知識は壊滅的。なのに、パンフ買わない、読まない、調べない。
 ロペス・ピエールさんのお名前が出てきたし、『スカピン』の後なんだなーぐらいしか分からない。
 だからどうしても、キャラクターを中心に見て、キャラクターを中心となると、重心女優ののすみさんに持っていかれちゃうのだと思います。ののすみ、ののすみ~!

<こんなふうに見たよ>

 全ての始まりは、エマの美しさだった。彼女の輝く美貌は、婚約者の叔父まで虜にしてしまった。5000ポンドで、彼女を甥から譲り受けた叔父は、「女性が得られるすべての幸せを与えよう」といい、彼女を傷つけまいと大事、大事に扱った。そう、「大理石の人形」のように。
 その美貌を目にしたとき、ネルソンの身に雷が落ちた。エマはネルソンに運命を感じた。エマの機知に富んだ転がるようなおしゃべりに、海の妖精のような身のこなしに、ネルソンは虜になった。誘ったのは彼女からだった「踊って下さらない」。手を触れるといっそうわかった。
 彼女は「温かい手」と愛おしさを隠さずに言った。彼も彼女の手の温もりに、自分が求めていたものを感じ取っていた。
「美男美女のカップルですね」
「人を見極める能力は、ゼロね」
 ネルソンの社交辞令に、初対面なのにズケズケと言って返したエマだが、彼にはそれが不思議に心地よかった。

 彼女の強烈な印象での頭がしびれがとれないうちに、すぐに彼女からアプローチがかかる。
「頭のカタい人ね」。
 モナコの実権を握っているのは王妃カロリーナ様だから、王様に断られても、王妃様にお願いすればいいのよ。
 彼女の手引きによって、ネルソンは王妃と面会でき、援助の約束を得ることができた。ただでさえ忘れられない上に、恩まで受けた格好になった。その上彼女はまた、印象的な言葉を投げかける。
 「私たちは似ているのかもしれないわね」

 堅物で、義務を履行しようと、努力してきたネルソンにとって、彼女は衝撃的すぎた。結果、老いた父の面倒を見てくれている妻の元へは寄りつかなくなる。

 そのうちに、政局や戦局は進む。
 ナポレオン率いるフランスから、モナコ王室を個人的友情で助けた際、エマがはぐれた。ネルソンは、国王一家をエマの夫、ハミルトンに押しつけて、単独エマを探しにでた。
 探しあてた後は、エマの発案によるお互いの身の上話告白で
「私は5000ポンドで買われた女」
「おもしろくない方ね。奥様に愛想を尽かされるのも時間の問題ね」「妻にはすっかり愛想を尽かされているよ」、
といっそうエマと親密になった。

「温かい手・・・・・・。私たちはよく似ているわ」断定し、手を握った状態で、エマはネルソンを見つめていた。
 エマは、ネルソンを理解して、彼が欲しい言葉を与える。
 絶妙のバランスで嫌味からすりぬける。

 彼らはそのまましばらく本隊と合流せず、二人きりで新世紀を迎えた。エマはネルソンの子供を宿した。

 モナコから離れた場所で、国王一家が祖国に帰る機会をうかがっている時も、ネルソンとの関係を隠そうとしないエマに、ハミルトンは「帰ろう」と促したが、エマは「子供が寝るにしても早い時間よ」と逆らう。エマとネルソンの関係は周囲に知れてしまっていた。その上、
 「私はあなたの大理石の人形じゃない!」
 エマとハミルトンには肉体関係はない、とバラされてしまったハミルトンは、思わず手を上げてしまう。頬を打たれたエマは走り出す。その後をすぐに追うネルソン、呆然と立ちすくむハミルトン。

 イギリスに帰った後、会えなくなったことにエマとネルソンが互いに苛立ちをこらえられなくなってところに、ハミルトンが、互いに知らせない形で夕食をセッティングする。
 ネルソンの妻と父がなぜか職場にやってきて、強引に合流した夕食会。
「楽しい夜じゃないか」とハミルトンは言うが、ネルソンにとっては茨のむしろ。
「帰らせていただきます」と席を立った彼を、今度はエマが追う。

「こんな形だけれど、あなたに会えて、私、嬉しかったのよ」
 エマの言葉が、彼の痛みを和らげる。「僕もだ」
 
 偉くなったナポレオンが率いるフランスとイギリスの戦いはなおも続く。ネルソンの義理の息子(妻の連れ子)を絶体絶命のピンチから救おうと身を挺したネルソンの右腕が犠牲になった。
 この事件がきっかけで、ギクシャクしていた父子は分かり合えた。
「おまえに疎まれていると思ったことは一度もない」
「同じ職を選んでくれて嬉しかった」
「親子の間に取り返しのつかないことなど一つもない」

 息子を助けてもらったことで、かたくなだった妻の態度も和らいだ。

 エマが子供を産んだ、それは自分の子供でしかない、とネルソンは会いに行ったのだが、エマの母に拒まれる。エマにも子供にも会わせてもらえない。

 ハミルトンは、子供はエマの子供だが、ハミルトン家の子供にする気はない、といい、ネルソンに賭を持ちかけた。
 次の戦争でネルソンがイギリスを勝利させれば、エマは自由にする、と。

 それまでネルソンは、愛国心で人を殺してきた。でも戦争の義は、愛するものを守るためにあるのだと、副官の言葉に納得し、次の戦いが、エマと子供を守るための戦いだと決意を固める。

 そして、なんでだったかは忘れてしまったけれど、エマとネルソンは会う。
「両腕で君を抱くこともできない」と回された左腕に、一度は逃げるそぶりを見せたエマはしっかりと手を沿わせ、あの呪文のような言葉、「温かい手」をくりかえす。エマは両腕をしっかりとネルソンに回し、「時を止めてしまいたい」といい、ネルソンは愛する国と愛する人のために戦う決意を固める。

 トラファルガーの戦い。トラファルガーの奇蹟といわれても、ネルソンの死亡フラグは立ちまくり。怒りっぽくなったから、と出ていった拾いっ子が、突然戻ってきて「右腕になるぜ」といったハナから死んで、彼自身も、彼に兄を殺された男に「戦争の義とは、愛する者を奪った者への報復」と撃たれて倒れ、「見えていないのか」なアンドレ(@ベルばら)ごっご。平和な祖国を夢見て、義理の息子に、エマと娘をよろしくと伝言し、"神よ、I have done my duty." (guilty に聞こえてびっくりした、dutyだよね。義務は果たした。)
 最後までまじめなのはいいけど、義理の息子に彼の母、つまり正妻のことは頼まないネルソンは正直でまいったな。

 愛する男の名前を付けた娘と遊ぶエマのところへ、ハミルトンがネルソンの手紙を持ってくる。ネルソンが賭に勝ったので、君は自由だという。手紙には、「この手紙を読んでいるってことは、僕は死んだってことさ。でも君を愛せて僕は幸せだった。君を守れてよかったよー。君と娘を愛してる。(超意訳)」とあった。
 その後、ネルソンの妻が、惚けてしまったネルソンの父と一緒にやってきて、ネルソン家の名誉と英雄伝説を守るため、今後もネルソンとして生きます。お父さんの介護もします、と宣言して去っていった。

 波と遊ぶ娘、そしてエマは、死んだネルソンの幻想を見る。幻想の中でネルソンは初めて娘に会え、エマとも固く、温かい手どうしを握りあった。

(おわり)


映像で、オペラグラスを通しても見られないドアップ大きさのお顔のアップに(主演さんに限っては、舞台メイクの右目アップまで)、役名入れてバーンとオープニング。それから、主要な男三人が、次々と舞台に現れ、始まりますよーという感じがする。

 さて、お話が始まってしまえば、やっぱりののすみ。
 登場シーンはそうでもなかったが、ネルソンとの出会いシーンからは、ののすみさんが場の重心をさらっていきます。場の重心をつれて歩いている感じ。ラストシーンの娘とネルソンを見守るシーンなんて、後ろ姿なのになんたる存在感。

 あらすじもどきの中にもいれたけど、エマは、前作「カサブランカ」以上に問題な人です。トラブルメイカー。人の人生を狂わせて、最後には、「どの女性よりも多くのものを与えよう」と、皇帝になったナポレオンに言われた、ジョセフィーヌ以上のものを、自由まで手に入れてしまう。
 魔性の女というか。
 サイトーくんが、そういう女性に人生をひっかき回されたいことは、よく伝わりました。

 ネルソンは、自分では語らない人で、だから義理の息子にも「嫌われていると思った」なんて言われてしまうし、妻も彼なりに誠実に愛していただろうに、彼女の大切にしている息子の命を救うまでは、恨み辛みばかり言われてしまう。
 そういう気持ちを自分では言わない人を主役にするなら、その周りには、彼の代わりに、彼の気持ちを観客に伝えてくれる人が、ストーリー進めるうえでは必要で、このお芝居の場合は、エマと、拾いっ子でなんのしがらみもないトムになるのだと思うが、トムが弱すぎる。頭も弱い子みたいで、犬みたいにまつわりついている用にしか見えない。出ていくシーンも戻ってきて右腕になる宣言をするシーンも、不機嫌だからつまんないから離れて、またご機嫌みたいだから寄って来た、ぐらいにしか届かない。みんなの人気者、英雄ネルソンの右腕になる宣言が、周りに当然だと思わせる空気がないので、みんな聞き流したのか、と思ってしまった、そんなはずはないね。「エル・アルコン」でも、ジュリアンに、バイセクシャル疑惑をもたらしたほどに、ジュリアンにくっついていた青年がいたが、彼のような献身も感じない。副官は揺れる「英雄」を地に足が着いたでかさで(実際身体も大きい)支えている感じがしてよかった。

 ナポレオンは、強くて正しくてでっかくて、ふらふらするネルソンと対照的で、さすがのラントム先生と、見応えがありました。前回の「カサブランカ」といい、強くて正しい、賢くてそして優しい英雄が似合いすぎです、蘭トムさん。そんな英雄という字を人にしたような造形だから、周りには、使えそうな人たちがまた集まるのよ~。
 そして、弱くて揺れて、そこが愛されてしまう美形の主演さんを、その正しさ強さゆえ、魅力的に見せてしまうのが、ラントム先生の芸風なのはわからないけれど、いい力配分だと思います。
 場からはけるシーンが結構ある芝居なのだけれど、ナポレオンは妻の手をしっかり握って、妹たちの口撃から守るように去っていきました。そこも素敵だ。

 でも今回の収穫はハミルトン。
 いい人じゃないか。若く美しい妻がまぶしすぎて、傷つけるのが怖くて、大事にし過ぎちゃったんだろうな。衆人の面前で恥をかかされたと平手打ちしちゃったのは頂けなかったけれど、彼がとても妻を愛していることは伝わった。最後は自由をあげちゃったし。彼はコレクターなんだから、自由を与えるという愛のでかさはすごいものなのです。
 みっちゃんのまあるい優しい歌声と、ハミルトン氏のキャラクターが合っていて、また、みっちゃんのちょっと泥臭い感じがハミルトン氏の純朴な心を表現していて、ぴったりだったと思う。

 ラントムさんもみっちゃんも、台詞は当然のこと、歌詞までちゃんと伝わるのがすごい。
 ラントムさんとみっちゃんが、熱い(熱苦しい)勢いで押すので、熱いといってもジメジメベタベタしない裕飛さんが、すずやかに見えてよろしい。内に熱いものを秘めたクール・ビューティをこれからも見せてほしいと願います。

 そして、ののすみさん。場の重心を奪っていくののすみさん、客の感情を底の方から根こそぎ総ざらえしていくののすみさん、歌に光景を、潮風のにおいを感じさせるののすみさん、今回のやたら転換が多くて、あらすじ追いましたーな舞台を、感情という一本の線で締めていたのは、あなたです。
 「長いなー」とは思ったけれど、少なくてもあなたが出てくる場面で、私の集中力が途切れることはほとんどなかった。
 ののすみさん、あなたが居てくれてよかった。

 今回の役もとても女性の共感が得やすい役とは思えない。

・夫がある身でありながら、「運命感じちゃった」と積極的に強烈アプローチ。
・相手が結婚してるとわかっても、そんなの関係ないわ。
 私は夫を愛してないし、彼の方も女の匂いはしないもの。
・マジックワード(手の温もり、私たちは似ている)を駆使して、相手のハートをしっかと掴んで離さない。
・自由を奪われた、金で買われたと不幸な身の上話で、同情を誘い、ねっとりと見つめる瞳で関係を持たせる。
・できた子供はしっかり生んで、恋人の名前を付ける。でも実母をふくめ生活費などは、夫の世話になります。だって私は、彼に買われた女ですものね! 面倒を見るのは当然です。
・最後は、奪われた自由もしっかり取り返す。介護生活も無縁です。

 他人の人生狂わせて、ちゃっかりしてんな、おい。
 でも、ののすみが演じたら、憎めない、どころか、理解できる人として感じられるのだから、ののすみさんは怖いと思います。



グランド・ショー『ファンキー・サンシャイン』の話。
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・とっても石田先生、どうしようもなく石田先生なダジャレ・オン・パレード。
・サイトーヨシマサよりアレに思える言語センスに、目の前が暗くなった。きっと太陽が眩しすぎたんだね、あう。
・太陽つながりメドレー。かなり強引メドレー。
・どの年齢層がターゲットか不明。私達の親世代。つまり60代や70代?
 年代はともかく、加山雄三ファン層と宝塚歌劇ファンのどのあたりがかぶっているのか、石田先生のリサーチ結果をお教え願いたい。
・もう帰りたい。
・草食系男子が、加山雄三になる展開もわからない。
・これで修学旅行生が楽しめるのか? 宝塚っていいなあと思ってもらえるのか?
 なんて、アン・キャッチーな。
・そんなトホホなショーなのに、昔のスターを演じ、演歌調(?)に歌い上げるラントム先生が上手すぎて、これでメシを食っているのではないかという錯覚に襲われる。
・劇に引き続き、セットはしょぼい。まだ映像でごまかせていた劇の方が、ましか?
・日蝕で、宝塚歌劇ファンがオギーショーの『ソロモンの指輪』の輝きを思い出さないととでも思ったのか。違いすぎて唖然。
・色もあまり綺麗じゃない。
・ゆうひさんに、哀感あふれる「ひまわり」のメロディは合う。しかしなぜそこで、頭にひまわりの造花を二輪つけてのダンスになるんだ。セットだけ見ているとお遊戯じゃないか。やっぱり石田先生のセンスはわからない。
・アリスちゃんが可憐だ。退団が決まっているのがもったいない、今からでも雪娘1にしてくれ! エトワールでよかったね。
・ショーの決めポーズでは、完璧なお人形さんスタイルのアリスちゃんに負けている感じがあるののすみさんが、劇中では、他人の人生を狂わせるのもさもあらんと納得させる美女に見えるのだから、北島マヤ度に驚かされる。(ののすみさんがキャンペーンガールをされている銀行のチラシは、見つけたら必ずゲットするほどに好きなので許してください)
・みっちゃんのダンスは動きがまあるくて、ラントム先生のはシャープ。
・ラントム先生中心のシーンは、ダンス発表会のようであった。もちろん先生はラントム先生。振る腕に力が見えない、脱力も自在なのか。そして、必ず、コンマ一秒かの間が見える。止まる。速い動作でも流されない。ぴたり。直線を描く腕のラインが、男性的に見せている。
・みっちゃんの腕は、バレエの手のムーブメントのように丸い。それが彼女の、柔らかな、ふわっとした動きにあっているので、好ましいなあと思う。
・三人で踊るシーンは、誰をみたらいいのかわからないほどに楽しい。
・三人でデュエットダンスの時、みっちゃんが高速回転でほかより多く回してます状態なのに驚いた。
・三人でデュエットダンスの時、ラントム先生の組だけ、ちょっとだけ各始まりの決めに入るポーズが早くできて、そこで少し間を取るのがおもしろい。
・フィナーレのののすみさんの後ろだけ段々スカートがトップスターのナイアガラのようだった。ただでさえ、劇では主演男役を存在感で喰っているのに、洒落にならんのでやめてー。
・トップ4人(アリスちゃんがやめちゃうので4人)幹部さんたちが好みの宙組は好きかもしれん。

・でもこの公演は通えません。

・auからSH007(solar phone)近日発売予定のシャープが、スポンサーについてくれないかなあ。


 お芝居もショーも、「グラン」という形容詞が大切そうにつけられているが、どちらも「グラン」というよりは、予算削減で、ちっちゃく作りました、という感じだったのが、非常に残念です。
 これで「グラン」だったら、ミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』は、「グラン・グラン・グラーーン・ミュージカル」位にしておかねば、釣り合いが取れん。

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たまり(ょ)

Author:たまり(ょ)
『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
スポットライト(好きな人しか目に入らない視野狭窄)状態で、片寄ってます。

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・「某Oさん」や「花柄の君さま」などと表記させていただいている声優さんのファンなので御出演作♪
『おねがいマイメロディ』シリーズ(終了)
・『電王』以降のスーパーヒーロータイム
宝塚歌劇感想
・他ドラマなど
・医療破壊に関しては涅槃の境地にいけたらイイナ♪
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