お決まりの日々?

モモの節句でございます。

ぬいは安全

注:この日記のカテゴリーは「ぬいぐるみさん」です。
 ぬい愛好家の方々にとっては常識でも、そうでない方には電波的かもしれません。



 子供の「友達」にしても大丈夫。子供に肉体的精神的危害を、苦痛を与えないと、ぬいぐるみにいい思い出があるかつての子供たちである大人が、安心して側に置ける「おもちゃ」。それがぬいぐるみさん(お人形さんを含む)であり、ぬいぐるみとの付き合いのある(あった)人たちの多くは、そういう出会いであったと思う。

 私のぬいさんに聞いたところ、日本ぬいぐるみ協会やAASAA(All America stuffed-Animals Association 全米ぬいぐるみ協会)では、ぬいぐるみは、彼らのパートナーにとって危険であってはならないと決められていて、協会に属する全てのぬいぐるみたちの掟であり、安心安全のふわふわして気持ちいいもの、中身には愛が詰まっている(stuffed)のがぬいぐるみの定義とされているのだそうな。(彼らからのメッセージの私による解釈が間違っていなければ)

 何があっても、パートナーの子供第一。パートナーを守るためなら、子供の親としてふさわしくない人物に、(間接的に)手を下すこともある、というのが、ぬいぐるみを知的生命体とする新井素子姫の「くますけと一緒に (新潮文庫)」。

 彼らを生きていると認める存在があって、初めて彼らは、見える形の生を得ることができる、とパートナーサイドの私は思う。「ビロードうさぎ(スザンナのお人形・ビロードうさぎ (岩波の子どもの本))」のうさちゃんは、「体内に血が流れる本物のうさぎ」になる前から、ホンモノだった。周りの大人たちには分からなくても、パートナーは生きていると見なしていた。

 子供が大好きな友達と一緒にいたい一念で、細いゆえに子供の手でも握れる、分別ができれば弱いから掴むのは不適当だと分かる足やしっぽをつかむ。その状態でずりずりと引きずって歩く。子供がお気に入りのぬいを引きずる姿には腹が立たない。パートナーである子供と一緒にいることが、生をうけたぬいぐるみの幸せだろうから、擦り切れても、泥水に自慢の顔が浸かっても、子供が愛してくれる限り、ぬいは幸せ。お気に入りぬいを持つような子供には、もれなくメンテナンスをしてくれる大人がくっついていて、「まったくもう」など口にしながらも、子供のためと汚れて擦り切れた彼らを何とか補修してくれるのだから、安心でもある。
 子供だと「そんなにぬいが好きなのね」とほほえましい光景だけれど、ぬいを常識的に扱わない大人には、殺意に近い感情を覚える。具体的には、ぬいをパートナーの子供から引きはがし腕をもって振り回したり、ぬいに暴力を加える大人。「ぬいぐるみだから殴られても痛くない」という大人は、その行為が子供の心を殴っていることに気づかない。「○○ちゃん(ぬいの名)が死んじゃう」と子供が涙目で訴える子供を、「生き物じゃないから死なないの。モノだから」と教育と称してバカ扱いする大人。当の子供にとっては生きている友達なのに。子供への嫌がらせのために、ぬいに暴力を振るう姿を見せ付ける人は大っっ嫌いだ。大事な友達や家族を守れない無力感で、パートナーの子供に絶望を与える大人は、「他人の痛みが分かる人間」ではないし、そのままじゃなれっこない。他人が大切にしていることを認めない、己の価値観が全てだと奢っている世間知らずだと、行動で示しているのだと軽蔑する。
 子供が傍にいるゆえにうっかり踏みつけるのには、「ごめん、痛かったね」で復活できるぬいだけど、悪意で死んじゃうことだってある。彼らはテレパシーを使える知的生命体だから。

 元・子供の表層記憶に上らなくなったぬいはどうなるのか考えた。きっと、彼らと彼らと過ごした良き記憶がパートナーの子供の心の深いところで眠っているように、彼らも与えられたぬい体の中で、眠っているのだと思う。時に目を覚まし、仲間のぬいがいれば思い出に談笑し、そしてまた眠りに入る。
 元・子供が何かの弾みか懐かしさとともに彼らを捜せば、思念をキャッチしてきちんと準備をして、ほわんとした風貌で迎えてくれる。元・子供が完全に忘れちゃっている場合は、懐かしさも、探したいという気持ちも湧かないだろうから、彼らはおそらく永い眠りについたまま。ゴミ袋に入れられても気がつかず、深い眠りのままその生を終えるのだと、願望を込めて思う。

 遺伝子の運び屋としては、今のところ役に立てていない私だけれど、ぬいや石たちの宿主としてはまずまず、かと、自己保身的に評価。何かとりえがないと寂しいもん。



拍手とコメントをありがとうございます。

09/11 18:41 らいぐまん様

 「ぬい愛好」という、嬉しくなっちゃうようなキーワードで見つけてくださった、らいぐまん様。
 素敵なエピソードをありがとうございました。なんて優しい人たちなんだと、涙溢れます。
大事にしてくれるパートナーにめぐり合え、ぬい達も幸せだと思います!
 お友達はぬいに、こんなのと遊ぶぐらいなら、自分達と遊んでくれ、とやきもきしているのかもしれませんが、
あんまりな扱い。乱暴さんが来るときには、ぬいさんたちを別部屋におられるであろう、らいぐまん様のぬいのところに遊びに行ってもらえば、見つかっても手は出せない、かも?

 年の離れた従姉妹は、スヌーピーをことのほか愛しておりまして、彼女とその姉が与えられてた子供部屋の
彼女サイドは、スヌーピーのぬいぐるみでぎっしりでした。彼女は実家からそう離れていないところに嫁ぎ、
頻繁に帰ってき、嫁ぎ先に連れて行けなかった残りのスヌーピーたちとの交流を続けておりました。
 姉妹が母となり、共に孫を連れて帰省するようになると、姉妹部屋は孫部屋に変わり、同時にスヌーピーたちも姿を消しました。
 先日思い切って「ねー、スヌはどうしたん?」と尋ねれば、「大丈夫(捨てるわけないじゃない!)、上の部屋に仕舞ってある」とグッと右親指を立ててくれました。彼女の娘達が大きくなったら、お披露目するそうです。
 親子でぬいさんを大事にされているらいぐまん様のお家のように、なってくれたらイイナ♪と願います。

以前、記事で引用しましたが、『もっとねころんで読めるCDCガイドライン―やさしい感染対策入門書2』に、以下の記述がありました。

 ぬいぐるみに情がうつってしまい、なかなか捨てられなくて大量に所有している人もいますが、これは「ぬいぐるみ症」といわれています。

ビバ、ぬい愛好ライフ!

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Author:たまり(ょ)
『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
スポットライト(好きな人しか目に入らない視野狭窄)状態で、片寄ってます。

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『おねがいマイメロディ』シリーズ(終了)
・『電王』以降のスーパーヒーロータイム
宝塚歌劇感想
・他ドラマなど
・医療破壊に関しては涅槃の境地にいけたらイイナ♪
リンク先=『麻生太郎オフィシャルサイト』さんスキー♪

チベットを知るために-人権問題(ダライラマ法王日本代表部事務所)

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