お決まりの日々?

モモの節句でございます。

朗読会

三年ぶり、第14回の朗読会でした。

無理をしたら読めないことはない、のかな、とも思った。
どんなことがあっても、本番は完ぺきにこなされる先生の域に遠い私は、
声は出る、けれど、ハスキーにもほどがあるやろ、のおっさん声で、
それで「あどけない子供」を演じるのはきついし、
かすれもあり、聞き苦しいものを20分聞かせられるお客様にとって、拷問。
無理をやらされる私の声帯にとっても酷い仕打ちなので、
音響という仕事に専念することにしました。

先生は、今回、体調が最悪で、
一週間前には、ベッドから起き上がることも困難、
体のあちらこちらが腫れ、台本を持つことも出来ない状態だった。
旦那先生が御在名の時分、咳発作が続いていた真っ最中の一人会で、
見事に舞台の上だけ、咳を止められていた「女優」魂を今回も発揮して、
本番は見事にやり遂げられた。

本番が終わると、箸を持つ手に力が入らないと、介助が必要な状態であった。
これと決めた仕事に、心血を注いできた歴史が、
困難を乗り越えさせているように思った。


さて、自分の出演のことを考えない朗読会、
しかも、声が出ないという条件があるため、受付、お客様の誘導などの
お仕事から解放されて、音響だけに専念できる環境は、
なかなかの贅沢で、
自分の出番が過ぎるまではそのことが気がかりで、
しっかりと聞けない場面もある朗読会で、
聞き手としてはお客様の次に、
読み手としては各読み手の次に、満喫できたかもしれない。
音楽を入れるタイミングは、
読み手と一緒に読んでいるつもりで、あなたが欲しい時に入れて、との指示ゆえ、
少なくてもその部分は、私も読み手と同じ気持ち。
音を絞るタイミングも、私がそろそろいいかな、というところでいいのお任せなので、
責任は重大だけど、自分の心に問うていればいいので楽。

聞き手として味わう時に、
知っている物語を聞くのと、知らない物語と出会うのでは、やはり違う。
お話を知りたくない、という理由もあり、台本をお借りしなかった。
音合わせは一回、その前後の数行のみで、全部は聞かず。
当日、音量合わせの時に、音源CDを聞くことができるので、
その時に全体の曲を聞くことにして、持ちかえらず。

なめてるなーと思わないでもないけれど、先生の朗読会も含めその方式でいいと、
二度聞けば歌える私の耳には信頼を頂いているので、甘えることにしました。

以前に朗読会に出られなかったのは、4月で、
理由は私がやけどで入院することになったから。その時は、
病院そばの百貨店から、お菓子を届けるしかできなかったけれど、
今回は、音響として参加することが出来て良かった。

そして、それに集中できたのが良かったのか、
「完ぺきだった。音量も」と評価頂けて良かったです。
(音量は、会場の大きさなどにも大きく左右されるので、当日、
 デジタル数字で、決定しました)

幼い後悔が許されていたという可愛いお話。
人生への構えが、一つの瞬間をきっかけに、変化する様が鮮やかな話。
謎解きもありつつ、主人公の乙女心がきゅんきゅんな話。
これという一つを選べば他は切らなければならない残酷さもある人情噺。
辛い状況が重なり、凄惨な状況に追い込まれ、
自分はもう狂っている、死ぬしかないと追い詰められたところで、
ふっと楽になる瞬間が訪れ、ほぉ……と楽になる話。

それぞれに美しいところがある話だけれど、
特にあと二つの、凄みのある美しさが、素晴らしかった。
悩み苦しんだ上で、つかみ取ったのか、与えられたのか、手に入った暖かなもの。

特に、先生の読まれた『花の顔(はなのかんばせ)』は、
テキストに使われている言葉もキツく、
また『鮎のうた』で、視聴者から「いじめないでください」と投書が山ととどいた
演技力でのいびりシーン(その訳も、後で明かされるのだが)が聞いているだけで辛くて、
定型台詞が聞こえると、びくうとおびえてしまうほど。
それでも、どんなことがあっても、分かりあえる瞬間が、あることもある、
(それは一瞬の気の迷いかもしれないけれど)という救いがある、
凄絶な美しい話だった。


彫金を一つの仕事にしている友人との帰り道、
私のホワイトゴールドの指輪を、どうしてプラチナでしなかったのか、という質問に、
プラチナは強いのでこの石では負ける、ぼわんとしたWG、色で例えるならキナリの白でないと、
調和が取れない、だとか、
同じべリルでも、レッドベリルやエメラルドのような凄みのあるものは、
プラチナの“純白”の白さでかっちりと作ってやった方が、統一感があるなどの話をした。

「きれいすぎるからルビーだと思った」ともいうので、
コランダムとベリルの屈折率の差が、輝きの違いになっている。
コランダムが「キラキラ」とすると、ベリルは「きらきら」。ダイヤモンドになると「ギラギラ」。

話は朗読に戻って、
宝石と高い評価を受けている石は、
「キレイ」だけじゃなくて、凄みがあるからこその美しさががあるのだと思う。
朗読もそれと同じだな、と友人と別れてから、今日のプログラムを思った。

凄みのある美しさを表現できるような、力を着けたい。

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Author:たまり(ょ)
『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
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・「某Oさん」や「花柄の君さま」などと表記させていただいている声優さんのファンなので御出演作♪
『おねがいマイメロディ』シリーズ(終了)
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