お決まりの日々?

モモの節句でございます。

月『バラの国の王子』/『ONE』(その2)

その1からのつづき。

主演さんたちのこと。

宝塚歌劇大劇場の舞台としてはどうよ、と思った作品だけど、
主人公を好きになれたら、そんな事は小さなこと。
そして、わたしは、主演さんが好きなので、綺麗に吹っ飛びました。

(私が好きじゃない)児童劇団チック~~?ええ~~の不満も、冷静さも、
野獣さん登場シーンからはヒート、ヒートアップ。

「バラを折ったな、殺す!」と怖かったのは、
赤子を育てるように慈しんできた命を奪われて、「カッ」としたから、
他のものなら何だってあげたのに。

「お前を助けるために、喜んで屋敷に来るという娘がいるなら、連れてきなさい。命を助けよう」
といったのも、難題を吹っ掛けうーんと怖がらせて、
二度と屋敷に来てバラを折らないようにしようと思っただけ。

ちょっとした思い付きが、おおごとになっちゃって、おたおたしているさまがかわいらしい。

それでも、まさかのベルが登場してしまい、
彼女に屋敷の主として声をかけるときは、
本当に来ちゃったそれも美女だよどうしよう大いに慌てながらも
威厳のある態度をくずさなかったのに、
虎のいたずらで、ベルに姿を見られそうになったら、慌てて飛び出して、
「醜い」わが身を隠そうと身をよじる。
恥ずかしいと顔を隠すが、顔はこのかぶり物から唯一出ている綺麗なパーツなのに、と
そのしぐさから、宝塚歌劇の世界では舞台に上げられなかった酷い「野獣の顔」を想像させられる不思議。

歩きにくそうなつの付きのブーツ。
動かしにくそうな爪付きの手袋。
そして、重心のバランスが取れにくそうな、獅子舞のようにでかい頭部。
ディズニーの絵で見るような上が大きく上背が大きくまるく
(背脂とかマッコウと評される某妃を思い出した。彼女も「野獣」の被り物を着ているのだろうか、
 早く魔法が解けるといいですね)
四足の動物が無理に立ったようなアンバランスさ。

部下の動物が、人間体の時と同じスーツ姿に立体面を手に持ち、軽やかに華やかにダンスをするのに、
主の野獣は、歩くのものしのしと大変そう。
(あの変わった形の(踵も高い)ブーツで、頭でっかちの重心を取って歩くのが
 大変なのかしら、脚を痛められたのかしら、とショーを見るまで心配にさせるぐらいに
 二足歩行が大変そうな野獣さん)

一目見たときから好きになってしまった綺麗な女性が、自分に近づいてくれる喜び、
期待してはいけない、と思いながら高なってしまう胸のうち。
一緒に勇気を出しましょう、と醜い手に自然に、彼女の手を伸ばされ、舞い上がってしまう。

「好きなものは何?」に答えた彼の好きなものを、心底素敵と思ってくれる彼女の感性。
さらに彼女の好きなものが、素敵な彼女らしくて魅力的で、ますます好きになってしまう。
ワルツを踊りながらの「他に好きなものは?」に誘われ、
「私が好きなのはあなた」と秘めた心が飛び出る。
言ってしまった。どうしよう。
でも、もしかしたら彼女なら、彼女ならこの姿でも「好き」って言ってくれるかもの期待の
「愛しています」への答えは、
「私はあなたを愛してません」の明確な拒絶だった。

打ちのめされ、でも「傷ついた」と態度に出すことで彼女を苦しめたくない、
無茶なことを言って彼女を苦しめた自分が悪いのだ、彼女は誠実で素晴らしいと、
努めて平静を装う彼。

彼女の方も、ホントのこととはいえ酷いことを言ってしまった、
とても優しい心を持った野獣さんなのに、と心を痛めている。

彼女が鏡で父親が臥してみるのを見た、看病に行きたい、と言った時、
彼は彼女が言っていることが本当か鏡や部下で確かめることもなく、行きなさいと即答した。
抱きつかれて、彼女の体に回せなかった手を、所在投げに宙に浮かせているのも切ない。
彼女は十分に心を寄せてくれた。愛せないと正直だった。

野獣は、特大の馬車を用意させ、運べるだけの宝石を載せて、彼女を送らせた。
彼女が行ったあとは、彼女の姿を追える魔法の鏡を処分し、
彼女との別れを決意して、緩慢な自死を選んだ。

彼女以外に好きになれる人は現れない。
彼女以外に自分に掛けられた呪いを解ける人はいない、という設定よりも、
彼女のいない人生は、死んだのと同じだから。それだけ深く強く愛してしまったから。
別れ際に彼女は「あなたが大好き」と言ってくれた。それだけで十分だ。
野獣になってから楽しいことなどなかった、バラの成長を見守るしか心が休まることはなかった、
その中に飛び込んできた夢のような彼女との、夢のように楽しかった日々を思い出し、
幸せの中で消えていこう。

食べ物を断ち、部屋に閉じこもり、思い出すのは彼女との楽しかった生活のこと。
(浅田次郎の『うたかた』(『見知らぬ妻へ』収録)確か『霞町物語』に収録されていた『雛の花』だったか、
 良人と死に別れた老婦人が、住みなれたアパートで、食を断ち、夫との日々を思い出しながら、
 自分の体が死ぬのを静かに待っている話があった)

週間ヵ月経ったら死んでいるだろうから、彼女との出会いのきっかけになった、
バラの茂みに遺体を埋めてくれ、と頼んだ、一日前の20日目、
御主人様の言いつけは絶対だけど、大好きな御主人様を失うのは嫌だ、叱られてもかまわないと、
家臣たちの総意でベルを探しに行った小鳥は檻に閉じ込められている彼女を見つけ、
自分の息子が死にそうなのに、ベルが彼の愛に気づくのを「見てるだけ~」の仙女の助けも借りて、
脱出。

死に掛けの野獣とベルが再会した。
このとき野獣は三途の川を渡りかけているだろうから、幻でも最期に彼女に会えて良かったと
ほえーっとしていると、彼女の幻と思えぬ強さは、ホンモノらしい。
さらにママン付きであらわれた現王様がついてきている。
そうか、
彼女がここにいるのは、私との約束で戻ってきたのではなく、
私を殺そうとする王様を案内してきたからなのか。
あなたの望み通り私は死ぬから、王様と幸せになりなさい、とすすめれば、
(なんでそんなヒドイこというのよーー! 私はあなたが好きなのにっ!
 あなたじゃないとだめなの! 死ぬなんて許さないわ、起きなさいよっ!←以上想像した心の声)
彼の頬を往復ビンタしそうな強さで、ベルが愛を告白。
しかも「貴方の妻になって、ずっと一緒に暮らす」(だったかな)
とやけに具体的な「味噌汁」(@『黒蜥蜴』)以上の生活感のある台詞に、
向こうの世界に行きかけていた野獣もしゃっきり目が覚め、
ピカピカドドーン。
呪いも解けて、王子スタイルに。

この王子、昇天飢え死に間近の死にかけのはずなのに、
ベルが野獣の姿にもかかわらず僕を、こんなに強く、同じぐらいに愛してくれていたなんて、
天にも昇る気持ち、と舞い上がって、生き生きニコニコ元気なのもおかしい。

悪い仙女が再び野獣になる呪いをかけるが、何も起こらない。
良い仙女が「同じ魔法はかからないのよ」
(バカね、あんた魔法通信講座の最終過程、さぼったでしょ?)と呆れるが、
それならかわいい息子の現国王に、あなたとは結婚しません、嫌い嫌い、と言った
不届きモノのベルに魔法をかけてヒキガエルにしてやればよかったのに。
原作のしばりがあるとはいえ、記号は記号以上の働きをしないのねえ。

姉妹ケンカはさておき、王子とベル。
と、いうわけで、私は王子なんだけど、結婚します?
には、ベルは私が結婚したいのは野獣さん、あんたじゃないわ。
私の野獣をどこへやったのと詰め寄る(イメージ)。

王子だから結婚してくれるだろう、という「おごり」をさっそく見抜かれてしまった、と
王子はおのれの愚かさを反省。
ベルは、この素直な心に、「あなた」なのねと分かり、
「おばかさんね。教えてあげる。あなたが、また野獣になっても好きよ。どんな姿でも好き」
とベタぼれで、野獣時代の王子の苦しみを痛いほど見せられたこともあり、
よかったねよかったね、これからもベルに調教されて幸せになってねとおこぼれをもらっていたところに、
「あなたお腹すいてませんか?」
「忘れてた(あなたに愛していると言われたのが嬉しくて嬉しくて、死にかけていたことも忘れちゃった)。
 ごはんだ、宴を開こう!」
なんて、アホかわいい、リアル会話が挟まるのが、この二人の持ち味に合っていて良い。

王子を殺そうとした現国王の華奢な肩を
(野獣はハイパー被り物で巨肩、国民代表は安心のもりえスタイルで、
 もともと華奢な体格が、ますますひ弱に見えるのが、王の自分のなさと合っていて悲しい)
体躯の良い国民代表がわしづかみにし、
あんたの命令に従うのが嫌でたまらなかった、と突き飛ばす。
人心離れた王の最後は処刑、と決まっているけれど、
バラを愛する王子は違った。
「前王になる時期が来ただけ」と譲位だけを要求した。

「母と旅に出ます」という前王に、「この国に二度と足を踏み入れるな」という国民代表を制し、
「いつでも戻ってきてください。この国はあなたにとっても故郷なのですから」という
王子のあまりの博愛ぶりに、動物にされても王子と一緒にいたいと願ったベタぼれ家臣たちは大喜び。



キムシンの舞台には、彼の言葉を語って観客に説教かます彼自身が登場する(私見)。
たいていは美形の男性だけれど、『オグリ』のようにスーパーヒロインがその役をすることもある。

『バラの国』ではスーパーヒロイン。

悟りを拓いたベルは木村先生モードで、
「人間だって動物」「私は動物になりたい」云々で、あーはいはい、と流しそうになるが、
ダイナマイトまりもの迫力に、うなづかされてしまった。
(『オグリ』のののすみもすごかったが、あれはののすみだからと納得したのだが、まりもすげえ)

(人間は醜い、うんたらかんたらと長台詞を回しだしたら、といいだしたら、
 キムシンが出たと認識しています)

初めて屋敷にやってきた日の夜、父の命を救うため、喜んで、といったけれど、
喜んで来たんじゃないわ、野獣に食べられるのは怖い、嫌。私は考えなしだ、
とおのれの行動に酔うこともなく、静かに一晩じゅう泣くベルのシーンも好き。

姿は別として、野獣は少年のようなナイーブさとかわいらしさ、
そして、彼が家臣を心酔させる愛の人である。
ベルは、心やさしく純粋な少女、本が示す新しいことに興味を持ち、受け入れる強さを持つ。
この二人が出会い、互いとの会話で、間違ったと思ったら訂正できる勇気を得、
本来の強さにますます磨きがかかって、
この話は、現月組トップコンビに合っている、と思うのだけれど、
……いくら野獣の姿も可愛いとはいえ、王子様コスチュームの場面が最後の一場面、
しかもほとんど動かないって、宝塚歌劇のトップスターとしてどうよ!と思うのです。
(おなか減っていて動けないんですか?)
相手役のベルも、平服だし。

祝福する家臣たちをバックに、キラキラ衣装で銀橋渡りで喜びのラブラブデュエットソングとか、
衣装はそのままでも(重い着ぐるみもとれたことだし)きりまりダイナミックリフトとか!
わーいわーい、という気持ちを、ぐるんぐるんリフトで表現してくれたらっ!

前公演で、芝居でもショーでもきりまりダイナミックリフトがあったのに、
今公演では一回もないなんて残念。それに今年に入ってから主演コンビのリフトを見てない。
雪:ロミジュリ、なし
花:愛プレ/パラディ、なし
月:バラ王子/ONE、なし
せめて次の公演では、宝塚歌劇名物、リフトを見せてほしい。
(プログラムでの肉が削げたような腕では無理なのか? 腰? 大事にしてください)


今回、ショーでも霧矢さんは角付き(ユニコーン)。
霧矢さんは角を付けたくなるジェンヌさんなのか?
(角と言えば、我が仮想兄モモタロスさんにも立派な角が。
 兄も名前がない人であるが、元は王子なのかしら?←寝言)



『ONE』は宝塚歌劇讃歌だった。

世界一の泥棒で、まりも嬢の網タイツ姿が見られたのは素晴らしかったが、
皆殺しシーンは内容的にしんどかった。
(ユニコーンがなぜ撃たれなければならないのかもわからない)
不思議なコートも着こなせる安心のもりえスタイルは素晴らしい。
めおさんもそうだが、舞台で大きく見える体格だと、何を着せても映える。
さらに彼女たちのように、脚が長くてお顔も小さい体型だと、
どんな突飛な衣装も完ぺき素敵に見せることができる。
素晴らしいなと素直に思う。
(もりえコート、月組の現1,2,3は誰も似合わないと思う)

今日は入学式のところが多いらしく、
「私の夢は、入学式で友達100人作ることです」と言っていた。

宝塚歌劇らしい衣装の主演の人を堪能できてよかった。
被り物も可愛いけど、いかにも宝塚ーっていう姿も見たいんだもの。
これでこそ、きりやダイヤモンド。

芝居でもショーでも、群舞で良い位置で、どーんとしているそのかが素敵。
マギーもりえと大きな人の真ん中で、一番足を大きく広げて踏ん張っているのが、そのか。
どーん。
二番手三番手は、両サイドから加わって、両サイドにはける動きがあるが、
中央から奥へぶおんと飛んでいくそのかのダイナミックさがすごい。
おしゃべりなダンスができるそのかが、芝居でミスター・モンキーなのが良かった。
今公演で退団なのがとても残念で、千秋楽に行くことにした。

きりやんのそばにそのかがいることが多くて、
二人のそれぞれに素晴らしいダンスを堪能した。
そのかは、長い腕をそのままに(力を入れていないような自然さで)振り回しているようで、
きりやんには、腕の関節をはずすように伸ばしたのかという、綺麗さがある。
背中もきれいだな。

きりまりダイナミックデュエットダンスで、
足を後ろへ振りあげる角度まで、ぴたっと揃えてきているのに、すごい……と思った。
これぞ宝塚歌劇の芸。

まりものおみ足は眼福だったが、その前のスロットのシーンで出てきた、
黒い極楽鳥のなかで、拒食症か老婆を思わせる脚を見て、ぎょっとした。
骨盤の骨の出っ張りの下がくぼむほどに浮き出、膝の骨が飛び出すほどに痩せている。
肉が削げている、という感じだ。
むちむちすぎる脚も舞台人としてよろしくないと思うが、モノには限度がある。


だらだら泣かされた芝居でもそうだが、ショーの霧矢さんもすごかった。
いつも真面目なきりやさんが、非常にまじめに芸に打ち込まれて、
文字通り命燃やして踊り、歌われている、その悲痛なほどの強い輝きを、
見る方も出来るだけ受け止めようとガッシと見たが、
一部の隙もない真剣勝負だから、見る方もビッと自然と力が入ってしまう。

終演後、緞帳が降りかけてまた上がってのあいさつで、
3月11日初日を迎え、その日に大震災が起こり、という話をされていたが、
そういう時だからこそ、普段の時以上に、舞台に立てる喜びと、
舞台に立てる自分が、宝塚歌劇のトップスターとして、今何ができるか、
それは精いっぱいの舞台をお見せすること、それが間接的に被災地の支援にもなる
と心を奮い立たせているような感じがした。それがこの公演の、
切れそうなほどに研がれた強さになっているのだと思う。


全力疾走の霧さまに手をつながれて体育会系まりもが走り(化粧のせいか、この二人顔が似てきたぞ)、
その後ろを、組子達が追いかけて走っているような、不思議な組だと思う。
昨年秋に見た、だんじりとその後をお揃いの衣装で追いかけていく人たちを思い出した。

宝塚歌劇は主演スターさんのファンが多い世界。
相手役も、そのスターさんへのファンの目線を持っていて欲しいと思う。
他の誰よりも私が一番この人のファンだから、傍にいるの、という感じが
女性ばかりの集団では、トラブルが少ないのかな、と感じる。
自分のためにトップスターさんを利用しているんじゃないかと思わせる
娘役トップスターも居られて、そういう人は苦手だなと思う。


霧さまの一生懸命に対して、こちらも私にできる精いっぱいで見ようと力が入りるので、
がっちり肩がこる。
全投球が、孫六ボール@なんと孫六(57) (月刊マガジンコミックス)なみのど真ん中ストライク豪速球なのはすごいけど、受ける手は痛い。(『なんと孫六』はこのあたりぐらいまでは読んだかな?)
いい意味での力の抜きどころが自然に入ってくると、見る側も楽なのでしょうが。

その真面目さも好きだから何ともいえんけど。
身体いとうてや。

<追記>

霧矢さんのことを全力投球、精いっぱいすぎうんぬんと心配していたら、
伯母から同じ言葉で、私を案じる手紙が届きました。

きゃっ、霧矢さんと同じね(はぁと)、似ているのかしら、
ファンの方々やご本人に聞こえたら、大違いだ!勘違いするな、
怒られそうなアホはなしとして、(私自身が違うってわかっているし)、
真面目(そうに見えそう)な人は、見ている人を心配させるのだなーと、
納得させられました。

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Author:たまり(ょ)
『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
スポットライト(好きな人しか目に入らない視野狭窄)状態で、片寄ってます。

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・「某Oさん」や「花柄の君さま」などと表記させていただいている声優さんのファンなので御出演作♪
『おねがいマイメロディ』シリーズ(終了)
・『電王』以降のスーパーヒーロータイム
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