お決まりの日々?

モモの節句でございます。

しいん

メーターが振り切れた神経が戻ってこない。寝不足なのに眠れない。

上映会が刺激になっているのだと思う。
嬉しさだけでは説明が付かないと感じている。
それは音だ、音の洪水だ。ボリュームは耳栓で減弱させてはいたが、
絶え間なく流れる説明的なBGMに、
個人の余韻を許されず次の場面に気持ちを切り替えさせられていたように思う。
情報量が多くて「わかりやすい」のはいいけれど、
他の解釈を許さないというように、余白を埋め尽くされてしまうと、
今の私の感覚神経には余ってしまうのかモンと思った。

お茶室で時に感じる、しいん、とした静かな時間が恋しくなった。
無音もまた、音楽であり、十分な溢れしたたりこぼれるほどの表現なのだと思う。
しいんという言葉から、
朗読の先生のお好きな詩を、ノートに書き留めていたものを読みたくなった。

   みずうみ     茨木のり子(『おんなのことば』より)

<だいたいお母さんてものはさ
 ・・・
 しいん
 としたとこがなくちゃいけないんだ>

名台詞を聴くものかな!

ふりかえると
お下げとお河童と
二つのランドセルがゆれてゆく
落葉の道

お母さんだけとはかぎらない
人間は誰でも心の底に
しいんと静かな湖を持つべきなのだ

田沢湖のように深く青い湖を
かくし持っているひとは
話すとわかる 二言 三言で

それこそ しいんと落ちついて
容易に増えも減りもしない自分の湖
さらさらと他人の降りてはゆけない魔の湖

教養や学歴とはなんの関係もないらしい
人間の魅力とは
たぶんその湖のあたりから
発する霧だ

早くもそのことに
気づいたらしい

小さな
二人の
娘たち

(<>内二行目は「しいん」、「・・・」はしいんの強調)
おんなのことば (童話屋の詩文庫)おんなのことば (童話屋の詩文庫)
(1994/08)
茨木 のり子

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ああ、霧か。

先日の朗読会で、ぼやかすことで、テキストでは具体的に文字にされていない、
その場の風景を空気を風を匂いをも、読みのなかに描出できるのかと思った。

はっきりとした分かりやすさは魅力的だが、
表現しないことやぼやかすことで、はっきりくっきり押し出すよりも的確に、
受け手のそれまでの体験や積み重ねてきた感性といった部分を刺激することで、
鮮明に伝わることがあるのだと、今、感じた。私が疲れているだけかもしれないが。

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『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
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何となくの傾向インデックス
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『おねがいマイメロディ』シリーズ(終了)
・『電王』以降のスーパーヒーロータイム
宝塚歌劇感想
・他ドラマなど
・医療破壊に関しては涅槃の境地にいけたらイイナ♪
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