お決まりの日々?

モモの節句でございます。

塩原さんの実況から学んだこと

BSフジを評価しているのは、地上波の後で放送されるフィギュアスケートの放送で、
「場内音声」だけが選べること。

どうして、この大祭典で、演技に集中する邪魔にしかならない、
某民放アナウンサーの声を聞かされる拷問をあたえられるのか。

NHK-BSでは、どうして会場音声だけが選べないのだ。
ロシアコールがどんなにうるさくても、その方がマシと思える、
フィギュアスケートファンからブーイングを受けているアナウンサーを、なぜ実況に据える?

救いは、ペアの選手には、彼にぽえむインスピレーション(wを与える年代の女性スケーターが少なかったこと。


塩原さんの実況から学んだこと。

1)見たらすぐ分かることを、いちいち言葉で説明されると、うっとおしい。

2)言葉が途切れることを恐れて、どうでもいいことを喋り続けられるのは、
 聞き手にとってはノイズ、騒音であり、その場を感じる障害になり、憎まれる。

3)あらかじめ用意した、自分で考えた頭よさそうな、センスがいいと思っている言葉を、
 出すタイミングを計って、どうだ感心しろ、と出されると、
 聞き手には、その言葉のよさよりも強く、話し手の鼻息の荒さと、いやらしさが伝わる。
 新鮮な感動に水をさすどころか、大いに邪魔するため、恨まれる。

4)つくりもののカッコイイ言葉より、リアルにその場で生まれた実直な声にならない音のほうが、
 伝える力を持つ。

5)勝手に他人の気持ちを代弁しない。間違っていると訂正できない相手ならなおさら。

(番外)個人の好みはあろうが、公の場では、個人のストライクゾーンに含まれない、
 多くの人たちのことを考えて、好みを前面に押し出さないように喋らないと、敵を作る。


<各項目について>

1)見たらすぐに分かることを、いちいち言葉にされると疎ましく感じる(視覚による情報提供がある場合)
 さらにそこに、聞き手にとってはどうでもいい、彼の妄想の言葉をアテられると、疎ましさを通り越し、
 白ける。
 「うるさい!」と演技の前に、モニターに向かって叫ばせて、演技に集中させない工作にすら思う。

2)喋り続けないと死んでしまう病気のように、言葉による説明を続けられると、
 場を感じることの大きな障害になり、今、この状況で起こっている素晴らしい場面に入る込むことが出来ないこと。
 特に、上から目線で、まとめられると、厚いすりガラスの向こうで起こっているドラマを眺めているようで
 しらけてしまう。(スローリプレイのときに、大いに喋って欲しい)
 言葉が見つからないときは、定型文を放り込んでまで喋り続けるのが実に耳障りだ。

3)4)自分がカッコイイ、素敵だとニヤニヤしながら考えて用意した文言を、
 ねじ込むタイミングを計り、ドヤ顔(想像)でぶち込んでくる。
 これにより、何が起こるかわからないからハラハラドキドキ手に汗を握らせる競技が、
 一気に新鮮味を失う。結果を知ってから見る、古いビデオのような気持ちにさせられる。
 今、ここで起こっているドラマに対するコメントをつけるなら、
 今、その時に生まれた感動からよるものであって欲しい。
 奇怪なポエムより、その場で新しく生まれたあー……と言葉にならない音のほうが、
 見るものに臨場感を感じさせる。

5)他の方の別の競技の実況で、「○○選手はどう思っているか?」というのが聞こえました。
「○○選手は△△と思って、□□してきました。さあ、どうなるか」というのが塩原さん。
 それをあなたは取材したのですか? 本人に確かめましたか? 
 あなたの主観を、絶対的なものとして押し付けていないですか?
 いちいち、本当にうるさいです。

番外)ティーンの女性だけが好きだ、20歳超えたら終わりと思っている、だとしても構いません。
 長く活躍しているスケーターには、それだけ多くの、濃いファンがついているものです。
 塩原さんのマイクの先にいるのは、同好の士ばかりではありません。
 あなたの興味の対象以外の人たちの方が、人類の構成からも遥かに多いのです。
 公共の電波を使い、フィギュアスケートの選手人気で人を(視聴率)を集めて、
騒音の垂れ流しはやめてください。
 自分の力だけで聴衆を集めている、ジャイアン・リサイタルの方がよっぽどマシです。
 公共の電波に載せるなら、あなたの趣味だけでなく、聞き手のことも考えてください。これはお願いです。

 彼の声質は悪くないと思うのに、感想は「うるさい」でしかない。
 それは、上記以外に、彼の声が採点種目であるフィギュアスケートの構成要素の一つ、
“曲の解釈”(音楽との調和)をテレビで観戦している人たちに感じさせにくくしている、どころか、
甚だしく妨害しているからだと思う。


 実況は、演技を感じる手助けであるのが望ましい。
 フィギュアスケートの試合は、花形スター実況様の晴れ舞台ではない。
 視聴率が高いのは試合を見たいからで、実況を聴きたい人は、少なくても私は殆どいないと思う。
(実況ファンが多いのならラジオに転向したほうが、わかりやすくファンをひっぱれそうだ)
 騒音、障害としか思えない現状では、無いほうがマシ(演技の内容はプロトコルで調べることができるので)。

 フィギュアスケートの演技構成点をなす一つの要素、“曲の解釈”(音楽との調和)は、
選手がそれぞれのプログラムに用意した音楽に対してのものであり、
その音の中にアナウンサーの実況は加味されていない。
 クラシックコンサートで演奏中に実況されることがあるだろうか。
いわんや、演奏者の年齢や、ポエムなどをぶち込むことがあるか?

 朗読と音楽のコンサートというものはある。
 彼にはそういう、彼が主役になれる場所で、稀有なる才能を発揮して欲しい。
 フィギュアスケートを見たい人、試合という緊張感を選手と一緒に感じたい相手ではなく、
彼のポエムが好きな人(フジテレビの中の人とか)を対象に、思う存分腕を振るって欲しい。

 フィギュアスケートの試合の放送の主役は、実況ではない。
 彼らの音楽を味方に、一体となって演技し、表現する素晴らしいフィギュアスケーターが主役で、
今、ここで起こっている新鮮なドラマを見たい。どれだけ努力してきたか、など過去のことに、
興味が無いわけではないけれど、演技前の集中している場面や、演技中の映像にはかぶせないで欲しい。
 そのような情報は演技が終わった後、スロー再生中、キス&クライで待つ間に流していただけると
選手への理解が深まってうれしいのだが、集中ど真ん中のときには消したくなる。

 技の解説は(できれば画面の端に表示してもらえるのがありがたいが、音にするなら)なるべく簡略に、短く、
音楽の邪魔が最低限になるようにしてほしい。

 フィギュアスケートで「疑惑の高得点」という自費出版本が売れ、「銀盤の疑惑」という続刊が
ガンガン売れているのが現状である。
 高得点の一つの理由とされている“曲の解釈”の中に、アナウンサーの実況音声は入っていない。
 疑惑の高得点を特定の選手に与えるために、その部分が足らない選手に言葉でヨイショし、
その人のライバルになる選手の音楽には不気味なポエムや不必要な言葉をぶち込んで、
その人が演技で曲と一体となっている状況をぶち壊して、点数が出ないことに対する疑問を、
奪っている偏向報道にも思っている。

 実況が心から生まれる感動を奪い去り、素晴らしいのだから感動しなさいと上から目線で、
テレビという権力で押し付けることで、感動したかもしれないという錯覚を与え、
それを、「素晴らしかった」と「納得」とその後何度も何度も繰り返すことで、
彼らがよしとする価値観を、画一的に押し付けられているように私は、ずっと感じている。



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『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
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