お決まりの日々?

モモの節句でございます。

『王家に捧ぐ歌』2015

初演、2003年のを見に行って、一幕が終わった時点で気分不良になった
私と相性の悪い作品。
出演者目当てで行きました。
胃薬を飲み、また、お茶会で聞いた裏話や楽屋話をなぞるように見、
話の進行も気持ち悪さもわかった状態で見たので、前回ほどショックはうけていないけど、
役者が変わることへの配慮もなく、残念なキモチ。
幸い良い席を取ってもらえ、見たいところは大体見られたので、一回の観劇でいいと思えました。

宝塚歌劇に、夢を見たくないの?と、この作品の評判がいいのに疑問を抱いてしまう。
月『1789』の素晴らしいところの一つは、拷問シーンが凄惨にならなかったところだった。
主演さんの類まれな個性のおかげでファンタジーの範疇に収まっていた。
それは、彼女が意図してしていたことだと、今日、ファンの方に教えてもらったのだけれど、
拷問シーンが後を引かなかったことで、作品として調和も取れていたと思う。

≪良かったところ≫

<アイーダが儚くて切ない!>
・アイーダが儚げ。気持ちは強いのだけれど、折れそうなところが見ていられないと、
 目線を持っていかれてしまう。
・リフトで、トップ娘役さんがふわっふわ。体重がないはずがないのだが、軽やかで浮いているような、
 夢をみているようなリフトだった。
・アムネリスが大きくて強くて、同情心がわかず(私には)、アイーダとラダメス二人を集中してみることができた。
 初演では、ラダメスに愛されているアイーダのほうが、アムネリスよりも大きく見えて、
 「ラダメスが死んだ」「私たちは同じ」とアイーダから失言を引き出して小突き回すシーンで、
 アイーダがそんなにかわいそうじゃなかったけれど、みりおんアイーダは敵地で、唯一の庇護者であり、
 全身全霊で愛している相手を失い大きく心乱れ消耗したところを、集団リンチされていて、痛ましかった。
(ラダメス、早く助けに来てやれ、と思った)
・初演は父王とも対等にやりあう気の強い王女、という印象が残っているが、
 みりおんアイーダは、父を怖いと思っていて、精一杯勇気を振り絞っているようで、
 彼女が身につけた力の源が、ラダメスへの尽きせぬ思いと分るだけに、頑張る彼女にはらはらし通しだった。
・アイーダの兄、ウバルドが、初演の時に抱いた感じ「ナイフ大好き、妹を女性として愛していて、
 他の男に渡すものかとギラギラした、良心をぶっ飛ばしちゃた暴力を愛するアブナイ男」じゃなくて、
 「年の離れた素直な妹を心配している、ちょっとやんちゃなところはあるけれど、
 妹を守ろうと頑張るやさしいおにいちゃん(おおむね無害)」に見えて、ホッとした。
 妹もそんな兄のことが好きだけれど、親兄弟の縁を切るために、
 無理に嫌な言葉をぶつけなきゃならない苦しさが、また切なかった。
 二人で似ている顔を並べて、ラダメスの話を聞いているところなど、ほんわか可愛いといってもいいぐらい。
 途中で兄は父王と悪巧みをはじめ、妹は恋人の素晴らしい心にうっとりと、兄妹の表情が変わっていく、
 その差が鮮やかで面白い。
・アムネリスは、父・ファラオに愛されていて、父は娘のためにどんな願いでも叶えると断言するアイーダは、
 自分は、父・アモナスロの望みを叶えるために何でもしなければならない、父に利用されるだけの存在である
 悲しさを嚙み締めているのが、伝わってきて苦しい。
・アイーダに、無私の愛を向けてくれた大人は、ラダメスだけ(兄は精神年齢が大人だと思えない
 やんちゃさんなので除外)。周りのものは、彼女の気持ちはお構いなしに、「こうあって欲しい」と
 彼らが望む王女像を押し付ける。彼女にとって、ラダメスへの愛が、ラダメスの存在がすべてであり、
 彼を失っては生きていけない(ここがアムネリスとの差。この公演のアムネリスは強くて、
 ラダメスを失った悲しみを反動エネルギーとして、ファラオとして統治できそうである)ゆえに、
 彼が入れられる地下牢に先回りして入るという、非常に強い行動につながると理解できる。
 (初演のお二人は強かったので、二人だったらこじ開けられるやろ、と突っ込みをいれたくなり、
 また、アムネリスさまもこの公演よりは弱く、(演者の姿勢のゆがみも手伝ったか)ハスの花の間で
 倒れそうに見えた)

・「月の満ちるころ」
 立場が違うと身を切る思いできつい言葉で別れを切り出すアイーダのせつなさと、
 ラダメスにとって彼女の存在がどれだけ大きいか、切々と語る彼の熱情に触れ、
 喜びにあふれて全てを断ち切ろうと決意する、互いの思いが結晶化して輝くようなところ。

・ファラオが暗殺され、裏切り者は誰かとエジプト側が騒然とした時、
 ラダメスが「誰も互いを疑ってはならない」といった後、震えながら「裏切ったのは、おそらく、私だ」と、
望まない結末の原因を、苦痛の表情で語ったところ。

・暗い中、彼が来ることを信じて、狂いそうな時間を過ごしていたアイーダが、ラダメスと再会でき、
 思い残すことは何もないと、抱き合うシーンは、この作品が嫌いな私でも泣いた。
 (その後始まった説教に、ひゅんと引っ込んだが)
・アイーダの死に顔が、とても幸せそうだった。


<父王たちが素晴らしい>
・エジプト王・ファラオの愛がでかくて、彼に息子と呼ばれる栄誉の大きさがまぶしいほどに感じることが出来る。
・エチオピア王・アモナスロの小ずるいところ、自分が王である国を求めているだけの自己中心性と、
 ファラオの大きさとの対比が素晴らしく、狂ったふりをして、監視の目を緩くしていたら、
 計画通りに行かず本当に狂ってしまった皮肉な、矮小さを丸出しにしてしまった結末は、アイーダではないが
 目を背けたくなる醜悪さだ。でも、キライになれないのは、アモナスロになんともいえないチャーミングな茶目っ気が
 感じられるからかもしれない。ウバルドと目配せして、エジプトに一泡吹かせてやろうとたくらんでいるところなど、
 二人とも目が少年。
・十二年たって、パワーアップしているお二人が素晴らしい。

<その他>
・アイーダの侍女のパンチが効いた歌も好き。

・お茶会で聞けた裏話を思い出しながら見られて良かった。

・フィナーレのダンスも、いろいろなスタイルのものを見られて楽しかった。
 男1と男2のデュエットダンスも、トップさんの、お芝居では見られなかった意外な表情が見られて
 綺麗だった。(ちょっと女性的な感じ)


好きじゃないところは追記に

≪好きじゃないところ≫

<残虐シーンの大判振る舞い>
初演の時に辟易した、
・虐殺や暴行などの詳しい内容(エチオピア人女性が、ラダメスに訴える)
・拷問
・集団リンチ
・執拗に剣を突き刺し、剣山状態にして殺す。
・死体ごろごろ。無念の表情で目を見開いたまま倒れている
は、変更なし。

・エチオピアチームは「(精神的に)病む」ので、その対策をしていると、楽屋などの話を
 聞かせてもらったが、3ヶ月以上にわたって、ほぼ毎日、無残に殺されたり、蹴られ縛られ、
 精神的にもいじめられていたら当然だろう。


<物語の良さを損なっていると思われるシーン>

・ラダメスは、地下牢に行く時までは冷静で、
 アイーダにだまされたと言ってくれたらあなたを救うことが出来る、そうさせて欲しいと願うアムネリスをはねつけたのに、
 暗闇になったとたんに「すべての希望は消えた」と取り乱す。覚悟したんじゃなかったのか、
 泣く位なら、アムネリス様にすがっとけ、と思った。
 すぐに、アイーダが生きていることが希望、と気持ちが変わるのだし、
 取り乱しシーンはないほうが、男っぷりが上がると思う。

・あなたは私の希望、あなたなしでは生きられない、と深く結びついた二人が、
 互いへの愛情を全身で感じ、満ち足りて死んでいった、でいいのに、
 どうしてそこに、「祈ることは出来る」と説教を始めたり、
 清らかな二人の魂は成仏したが冒頭、彼女生き方を理解できなかったテロリストたちの魂は
 数千年たっても成仏でき図、さまよい苦しんでいる、と説法のようなものをぶち込んでくるのか、
 言葉通りの蛇足でしかないと思う。

・「夢で神が告げたから」と、自分の行動に自分で責任をとろうとしないウバルド、
 滅びたのを見て、誰を責めたらいいのだと、嘆くエチオピア女たち、
 望まない結末に、正気を失い、王である責任を放棄するアモナスロ。
 責任がとれないこともあるけれど、自分でやらかしたことに対しては、できるだけのことはしようよ、と
 見ていて情けなくなるシーンです。他罰なおこちゃまばっかりで嫌になる。

・第一、ファラオの暗殺に成功したら、鳩ちゃんを飛ばして攻め込む計画はどこに行った?
 なんで激昂したアムネリスが指揮するエジプト兵にあっさりやられているのだ?
 エチオピア兵が攻め込まなかったのに、ファラオの死による混乱に乗じて逃げ出せるぐらい
 エジプトの守りはゆるいのなら、ウバルドたちが自害する必要はあったのか?

・有効利用できない「鳩ちゃん」も不要だと思うが、なでているヒロさんと、鳩を合図に攻め込むと
 計画をギラギラと話すヒロさんが素敵なので、あってもいいような気がする。

・「ス・ゴ・イ、ツヨ・イ」「すご・」つよ」
 「お金と力があれば何でも手に入る」
 美しさ皆無の歌詞のコミックソング(?)は、残虐なシーンが、これでもかと続く本編では、
 息抜きとしての意味があるかもしれないが、(初演ではアメリカをバカにした批判と思いましたが)
 フィナーレでも!?
 聞かせる歌を歌える人が歌っても、変な歌だし、
 腰を振って色っぽいうっふん調子だったので、精力剤のCMのようでしたよ。

<座付き作家、仕事しろ>
 座付き作家なら、役者に応じて変更して欲しい。
 あるサヨナラ公演で、声が出なくなってしまったトップさんのために、歌を台詞にしたり、
 音を一オクターブ下げたり、別の役者が一緒に歌ったりといった配慮があった。
 一ヶ月の稽古で上手くなると思ったのか? 
 高めの音で決めるはずのところが、急激に弱くなり(ディミニエンドというようなものではなく、突如)、
 響きもないカスカスの、首を絞められたような苦しそうな声にガクッとなる。
 台詞とつながる歌は、気持ちの高まりを示すもののはずなのに、歌になったとたんに
 パワーダウンで盛り下がってしまう。出る音域で、とくに曲の最後の聞かせる部分を
 出やすい音域にしてあげて欲しかったし、台詞に変更できるところはどんどんして欲しかった。
 詩的な歌詞ではないのだから、そのまま読むだけで、ずいぶん印象は違ったと思う。
 彼女の武器である、美貌まで損なわれて見えた。
 初演の演者も歌下手と言われた人だったが、キンキンして音が不安定でも、音は出ていて、
 歌詞は分ったから、歌にはなっていた。
 苦しそうな発声なので、公演中にのどをつぶすかもしれない。
 今回の出来の悪さが、役者の今後を変えてしまう可能性だってある。
 まだ新人公演の学年なのに、残酷なことだと思う。
 コーラスの先生が、「歌っている顔を見るだけで、どんな声が分る」と言われるが、
 ダメな例を凝縮したような状態だった。響くどころかピッチが落ちるのも当然。
 ドラマシティで歌うだいもんさんを見た時、いい顔の集大成と思えたので、
 スチールをお守りに購入した。この方にもぜひお勧めしたい。

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たまり(ょ)

Author:たまり(ょ)
『マイメロ』の柊恵一さん中心感想や、奈良大淀病院事件の傍聴記録を書いていました。

現在は、感想や日記を時々。
スポットライト(好きな人しか目に入らない視野狭窄)状態で、片寄ってます。

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・「某Oさん」や「花柄の君さま」などと表記させていただいている声優さんのファンなので御出演作♪
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